Written by Ippei Torigoe

【脱スマホ】自分のアウトプットに専念するために【スマホとSNSは不要です】

OPINION

毎日9時間以上のスクリーンタイムを誇り、その大半をTwitterやInstagram、Youtubeなどに捧げてきました。元スマホ依存症&SNS依存症のいっぺいです。

しかし今では、1日の平均スクリーンタイムは30分未満。1週間を通して2〜3時間ほどに減少。要するに、スマホ依存症&SNS依存症から脱したのです。

そこで今回は、元スマホ&SNS依存症者の僕が「アウトプット」という観点から、SNS不要論をまとめていきます。スマホの悪影響から、アウトプットの質を高める方法についてといった感じです。

なぜ、SNSは害なのか?


SNSを使う「利害」を比較すると、害のほうが勝っているから。

ここで一度、SNSを利用する利害を考えてみましょう。メリットは「人や仕事の出会いがある」「新しい情報を拾える」「リアルの声を知れる」などでしょうか。

対するデメリットは「いいねやフォロワー数が気になり、集中力が低下する」「予想以上に時間を使ってしまう」「悪口や面白くない情報に、心が揺らぐ」の3つ。

多少の個人差もあると思うので、みなさん自身も考えてみてください。

僕のSNSの利害をまとめてみる

  • 人や仕事の出会い < 集中力の低下
  • 新しい情報を拾える < 時間の浪費
  • リアルの声を知れる < 心のゆらぎ

僕の場合は、上記の通り。デメリットのほうが勝っていることに気づく人も多いはず。こうして比較してみると「あれ?なんでSNSを使ってるんだっけ?」と感じますね。

もちろん、中には「SNSで人脈が広がったり、新情報で得をした」って人もいると思います。しかし、本当でしょうか。

毎日1~2時間を使うより、1ヶ月に1度「オフラインイベント」に参加するほうが、時間を掛けずに人脈が広がると思いませんか?毎日の最新情報を追うよりも、定期的にまとめて学ぶ方が効率的に情報収集できると思いませんか?尊敬する人と自分を比べてしまい、萎えてしまうことはありませんか?

人間誰しも時間や集中力、メンタルといった、見えにくい損失には気づかないものです。僕も例外ではなく、メンタルは弱いですし、意志力も人なみ。SNSを使うデメリットのほうが大きいと感じます。

SNSの恩恵だけを受け取る方法

結論は、最低限だけ利用し、決して使いすぎないこと。
これがすごく大切だったりします。

経済学の「収穫逓減の法則」をご存知でしょうか。


出典: 【限界生産力・限界生産力逓減の法則】求め方・収穫逓減は当てはまらない?

要するに、始めの恩恵が1番大きく、徐々に小さくなっていき、ある一点を超えると逆に減っていくよ。って法則。図にすると「アーチ」になる感じ。

この法則の縦軸を「恩恵」、横軸を「時間」とすると、SNSでも全く同じことが言えるのではないでしょうか。

つまり、適度にSNSをチェック&更新することで最大限の恩恵を得ることができる。しかし、大量の時間を使っても「恩恵」が増えることはなく、逆に減少する。これがSNSを最低限だけ利用し、決して使いすぎないことが大切だと思う理由です。

依存症時代と今 – SNSの使い方

  • 依存症時代の僕:起きている時間はひたすらSNS
  • 現在の僕:1日30分だけSNSに投稿&特定の人をチェック

基本的に「収穫逓減の法則」に従ってSNSを使うようにしています。

またツイッター以外のSNSは全削除しています。唯一ツイッターだけは、投稿しているので残している感じです。TikTokとか、まじで時間取られますよ。よくできてますね。

自分のアウトプットに専念するために


自分のアウトプットに専念するために、SNS&スマホは絶ちましょう。

SNSは使うもの。使われるものではない。

高校生の妹を観察していると、1日の大半をSNS&スマホ費やしています。食事はもちろん、会話や移動時。風呂場にまで持ち込むことがありますね。

第三者視点で見ると、スマホに操られているように見えます。コレは完全にスマホやSNSプラットフォーム側に使われてしまっている状態。(怒られるので内緒にしてね)

スマホと共存していると、どうしても「アウトプット」に専念できなくなってしまう。学生ならテストの点数が下がり、作家なら面白い本が書けなくなる。

でも、これは至極当然の話で、人間の脳は「マルチタスク」には向いていない。スマホと共存していると、集中力&作業効率が下がってしまうのです。

SNSから距離が取れない理由…

  • SNSと人の本能が合致している
  • 役立つ情報を逃しているかもしれない恐怖

SNSは基本的に、人間の本能を刺激するよう作られています。いいねやフォロワー数の仕組みは、承認欲求や他者の目を気にしてしまう本能を鷲掴みにする。このように脳内の報酬系を刺激されるので、なかなか自力で辞められない。

また時にSNSには有益情報も転がっている。SNS断ちすると、こういった有益情報を逃してしまうのでは?という損失回帰が働いてしまうのだ。ゆえにSNSをやめられない。

血肉になるのは自分のアウトプットだけ

ジャーナリストの池上彰さんの言葉を引用します。

テレビは出るものであって、見るものではない

要するに池上彰さんは、どんなメディアであれ他人のアウトプットばかりに目を見けていてはいけないということを言いたいのではないでしょうか。

SNS断ちをした感想として、実際に記憶に残っているSNSの投稿はほぼ0。結局、自らの血肉になるのは自分のアウトプットだけなのかなと思います。

人から奪われる人生で良いのか?

今の資本主義社会では、人々の限られた24時間という時間を奪い合うために、しのぎを削っています。

  • Youtubeのサムネイルには扇動的なものが並ぶ
  • インフルエンサーを追っかけ、有料コミュニティに所属
  • 高額商品を買わない自分だけ置いていかれるかもしれない

こういった恐怖心が蔓延っている社会です。これは企業も例外ではなく、TwitterやInstagram、Youtubeなどもユーザーの可処分時間を奪い合っているわけですよ。

しかし、誰もが知っているべき情報を知らなかったとしても、それが原因で自らの足を引っ張ることはありません。なぜなら、価値は希少性に宿るからです。

溢れ出る他人のアウトプットから脱出し、いかに自分のアウトプットに専念できるかが問われる時代だと思います。さあ、SNSを消し、自らの人生を謳歌しよう!