Written by Ippei Torigoe

鳥越一平(とりごえ いっぺい)のプロフィール

鳥越一平のプロフィール

2002年生まれ。群馬県高崎市で生まれ安中市で育ちました。

今も昔も相変わらず、自然が豊かな地域です。
家の横には「草原」があり、キジを始めとした野生動物たちが頻繁に出現します。


(近場にはこんな公園がありました…出典

幼少期の思い出は…ピアノを習っていたことですね。
当時はいやいやピアノ塾に通っていた事を覚えています。

小学校に入ったら、ひたすらゲーム。モンハン3Gは1000時間以上やり込みました。ゲーム以外には、小学1年生から祖母の家にあったパソコンに毎日触れてました。ゲームをやったり、寿司打をして遊んでいました。

中学時代は部活とペン回し

中学時代は心機一転、部活に励みました。
入部したのはバレーボール部。県内でもベスト8に入れる強豪校でした。休日は年20日以下。ほとんど遠征をしていた記憶があります。

僕のポジションはライト。1年生の頃からレギュラーでした。

というもの、他の部員より身長が大きかったんですよね。チームの平均身長が低かったこともあり、ぼくが大抜擢。

そんなわけで、ひたすら練習を重ね、最後の大会では関東大会に出場することができました。関東大会では初戦敗退し、すごく悔しかった記憶があります..。

その裏では、ペン回しもやってました。


ペンを指の間で回すアレですね。当時からこの特技を極め始め、授業中もフルタイムで練習していました。

極めるのが楽しい…と気づき始めたのもこの時期ですね。

高校時代は部活とSNS発信

高校時代は2年の時に心機一転、ビーチバレーを始めました。

というもの、高校バレーではライバルが強すぎて全く歯が立たなかったんですよね…。凡人であるぼくはブルーオーシャンを探してビーチバレーにたどり着いたのです。

ひたすらペアと練習を続け、わずか3ヶ月ほどで県大会優勝。群馬県の代表選手になりました。ビーチバレーは未経験からスタートしましたが、最後の大会では関東大会ベスト3。全国大会出場。国体出場を果たしました。

ビーチバレーは「なにかを極めると結果が残る」という、大きな成功体験として残っています。競合性を考えれば、未経験から始めてもなんとかなるんですよね。この気づきを高校生の時に得られたのは大きいと思っています。


(関東大会の写真。2番が僕です…w)

その裏では、当時TikTokが流行っていたので、極めたペン回しを投稿し始めました。

なんとなく投稿していくうちにコンテンツがバズり始め、1年後にはフォロワーが30万人を超えました。途中でYoutubeチャンネルも開設し、収益化もしています。

これがぼくの、自力でお金を稼いだ初体験となります。

「ネットでもお金は稼げる」「極めることでお金が貰える」ということがわかったのも、この時期ですね。SNS発信は、ぼくにとって大きな原体験です。

大学時代。

高校の成績は最底辺。進路に迷うが、なんだかんだバレーの実績が認められ無事進学。
国内有数の強豪大学です。卒業生には日本代表たっだ方もいます…。

…が、ここからですよ…。

高校卒業後、ぼくはブロガーのマナブさんと出会い、大きな影響を受けブログを開設。と、同時に部活をやめました。高校卒業から2週間後の出来事です。に、にしゅうかん!

両親や監督からは「お前..バレーボールをしにきたんだろ…?」と理解されなかったので、食料を買い込みアパートに引きこもりました…。

そんでもって、ひたすらブログに没頭。そしてなんと挫折します…。w
というのも、特に書くことがなかったんですよね。

メシアの出現。

どうしたもんかな……と思っていましたが、ここで救いになったのが「Webライター」なんですよ。

ぼくは引きこもっていた頃、毎日マナブログの記事を100本以上読みこんでいまして、そんなことからWebライターの存在を知りました。


(こちらがその記事です 出典

しかし!ぼくはアホだった…。

「Webライター?なにそれ美味しいの?」みたいな状態。
クラウドソーシングすら知らなかった。

「よくわからんけど、やってみるか」という流れになり、ぼくはライターを始めます。

そんなわけで、ライターインターンに20社ほど応募してみました。で、メシアがいるものです。そのうち1社から合格を頂きました。

仕事を進めていくと「これなら個人でもやってけそうだな〜」と感じ、自分でも案件を取っていくようになりました。

このようにライターとしてのキャリアを進め、2ヶ月後には月収10万円を達成しました。繰り返しですが、未経験から始めてもなんとかなるんですよね。

再びブログに没頭。

そんなこんなで、実績が作れたのでブログをリスタートしたわけです。
今年の5月の話ですね。

今でこそ「600,000PV」を超えましたが、ぼくが始めた当初は200PVの弱小ブログでした。まじで頑張った…w

内容としては、NFTや仮想通貨の経験を軸にまとめております。普段の発信の裏にはこんな苦労があったのです…。

Webライターの業務自体はから全く楽しさを感じず…すぐに辞めちゃいました。
というのも、新しいことを始めたかったんですよね。ライターネタも半年後には切れるので。

NFTアーティストになる。

で、ライターをやめて、次に手を出したのが仮想通貨です。パソコン歴12年。高校時は情報科。もともとテクノロジーやITへの関心が高かったんですよね。

滑り出しは順調でしたが…問題になったのが資金力。
説明はいらないと思いますが、大学生にはお金がありません。

「仮想通貨を触ってみたいけどお金が無いし、作る側に回ってみるか」みたいな話になってきました。

ふらふらと市場をリサーチした結果、ビビッと来たのがNFT。
ちょうどバブル期の真っ最中でして、世界的にもNFTが注目されていました。

そんなわけでNFTアートを作り始め、NFTアーティストとしての活動を始めました。

「NFTで儲けてやる…」というわけではなく、単純に創作活動が楽しかった。というのも創作中は完全に自由でして、これが死ぬほど面白かった。

ビジネスも好調。

仮想通貨やNFTを始める前は「まー、月5万円くらい稼げればいいかな」とか目標の低いことを思っていたのですが、仮想通貨を始めてから売上至上主義になりました。

シンプルに考えて、お金があればより多くのコインをガチホできますからね。ゲーム感覚で稼ぎ、全財産を仮想通貨にブチ込んでます。

わずか6ヶ月で50万円ほど稼げるようになりました。ツイッターのフォロワー数も5,000人を超え、若干の知名度も獲得し始めました。

ゲーム廃人への道。

そんなこんなで暇になり、ゲームを初めたわけです。

種類としては、NFTゲームがメインです。アクシーとかサンドボックスとか…、仮想通貨が欲しいという願望に引っ張られていますね〜。

アクシーなら初心者でも月3万円ほど稼げるんですよ。円ではなく仮想通貨を稼げるので、高騰する可能性もあるわけです。夢あります。

NFTとの出会い。
で、ライターをやめて、次に手を出したのが仮想通貨です。パソコン歴12年。高校時は情報科。もともとテクノロジーやITへの関心が高かったんですよね。

滑り出しは順調でしたが…問題になったのが資金力。
説明はいらないと思いますが、大学生にはお金がありません。

「仮想通貨を触ってみたいけどお金が無いし、作る側に回ってみるか」みたいな話になってきました。

ふらふらと市場をリサーチした結果、ビビッと来たのがNFT。
ちょうどバブル期の真っ最中でして、世界的にもNFTが注目されていました。

NFTを始める前は「まー、月5万円くらい稼げればいいかな」とか目標の低いことを思っていたのですが、仮想通貨を始めてから売上至上主義になりました。

シンプルに考えて、お金があればより多くのコインをガチホできますからね。ゲーム感覚で稼ぎ、全財産を仮想通貨にブチ込んでいました。

わずか6ヶ月で月100万円ほど稼げるようになり、ツイッターのフォロワー数も5,000人を超え、若干の知名度も獲得し始めました。

NFTプロジェクトの立ち上げ。

で、拾う神がいるものです。僕が埋もれているときに、目をかけてくれたのがコインチェック共同創業者の大塚雄介さん。ランチに誘ってくださり、その席で「一緒にNFTプロジェクトやらない?」と声を掛けていただきました。即決承認しましたね。

そこから急ピッチでプロジェクトを立ち上げ、わずか1ヶ月後にローンチ。組織で働く楽しさやスピード、充実感を初めて体感した瞬間です。

ローンチした翌朝。感情ダダ漏れのツイートをしています。当時の僕は、ツイッターで感情的な呟きをしないようにしていたので、心に響いていることがわかります。

ローンチから3ヶ月後には、国内NFTランキングで99位にランクインしました。短期間で国内TOP100に入れたのは、タイミング的にも幸運だったなと思っています。

シンガポールのWeb3.0会社に入る。

暇な時は、そんな感じでまったりブログを書いたり、NFTプロジェクトを運営していいました。月商は200〜300万程度。学生には十分すぎる金額です。

隙間時間に呟いていたツイッターも、いつの間にかそこそこ知られるアカウントとなり、フォロワーは10,000人を超えました。

事業は順調でしたが……問題になったのが「環境」。

将来的には起業したいなぁと思っていたのですが、実務経験は0。環境を変えようと思いました。

そのきっかけとなったのは、Fベンチャー代表の両角さんとランチした時。つどつど質問をさせて頂き、親身になってアドバイスを頂きました。両角さんには感謝しかありません。

そのアドバイスの一つに「起業する前にその業界で働いておいたほうがいいよ」というものがあり、その理由は「会社経営」を疑似体験できるから。

そんなわけで、海外のWEB3企業で働こう!と決め、その4日後にシンガポールのWEB3企業で働くことが決まりました。

現在はNFTプロジェクトの運営をしたり、シンガポールのWEB3企業で働いたりしています。

……という感じが、2022年までの「いっぺい個人史」です。どうぞひきつづきよろしくお願いいたします。

Twitterもやってるよ

僕の人生を変えた行動まとめ

この記事を読んでも、その内の97人はページを閉じて終わるだけです。まずは動いてみないと何も始まらないので、是非アクションをどうぞ。